ふむふむ、木村硝子店のなかまたち。#02
第2回
田中竜介(NAUTILUS→GOアートディレクター・クリエイティブディレクター)
木村硝子店の通販サイト「ziziストア」のキャラクターをご存知ですか?
まんまるボディに短い足、ぎろりと鋭い目つき。
社長を知る誰しもがうなる完成度のこのロゴ、どのようにして生まれたのでしょう?
今回は、その生みの親である、NAUTIRUS→GO 田中竜介さんの仕事場にお邪魔して、
「頭の中のイメージが形になるまで」を、じっくり伺いました。
※木村社長については、連載第一回を参照。
グラスの繊細なイメージを、
キャラクターにも生かしたかった
―あのロゴは、ほんとうに木村社長そっくりですね。
木村硝子店さんの通販サイト(*1)zizi STORE の「zizi」というネーミングは、社長の学生時代のあだ名、「ジジイ」からきているそうですが。
田中 最初にお話があったのは、サイトがオープンする何年か前です。「zizi」というブランドつくりたいからよろしくね」って、(*2)当時所属していた事務所を通して話があって。木村さんご自身をキャラクターにすることは、当初から決まっていました。
―面識はおありだったのですか?
田中 まったくの初対面です。やはり、お会いしないと似顔絵なんてつくれませんので、オフィスに伺って写真を撮らせて頂こうかと思っていたんです。それが、せっかくなら食事でも、という流れになって、いきなり食卓を囲ませていただくことに。いろいろ話をしながらiphoneで写真と動画を両方撮影して、それをもとに下絵を起こしていきました。
―頭の中のイメージを、実際に二次元に落とし込む作業は大変そうですが。
田中 これはもうケースバイケースで、描いてみないとわからないです。いけるな、と思ってやってみるといけないときも多くて。木村さんのときは半信半疑で描いていて、途中でどうかなあと思っていたらいけた感じです。
―相手を知っていることも大きいですか?
田中 はい。商品を知っていたり、本人にお会いして、どんな感覚の方なのかを感じとったり。初対面でも何となくわかることってありますからね。そういうものがないとやりようがないですし、あったとしてもそれが形になるかもわからない。また、知りあってからの時間の長さというわけでもないです。パッと見の印象であったり、全体的にどういう空気感なのかを自分の中でこう、バクッ!とつかめるかどうかが大きいですね。
―下絵は手描きですか?
田中 最初はそうです。ええと、何タイプかあった気がするな……。(下絵をプリントアウトして、見せてくれる)
―これ、足長から短足になるにつれて、木村社長の雰囲気を感じます。
田中 はあ。ですが一応、初対面の方ですしね。最初から特徴を出しすぎるのも、と様子をみていました。順番にご説明すると、(a)気を使ったバージョン、(b)その間のバージョン、最後が(c)詰めていった案です。
b 木村社長の眼力に着目して、顔に特徴を出した
c 現在のキャラクターロゴの原案。全身から木村社長のキャラクターがにじみ出ている。
―足の長さをとるか、胴体の太さをとるか。
田中 社長が、「足長バージョン」と「短足バージョン」とをご覧になって、何となく「短足バージョン」方向かな、という話になって。今度は、バリエーションをつくって、ワイングラスを持たせたりしました(d,e,f)。ホント、緊張しましたよ。
―目つきが鋭いですね。
田中 そうですね、眼力の強さは木村さんの大きなポイントだと捉えています。木村硝子店さんのグラスは繊細なイメージがあったので、その感じを表現しようとしていたのですが(e)、最終的には、よりかっちりとした印象のもの(f)に決まりました。
d イラストレーターで製作した、少々足長なバージョンのバリエーション。
e 木村硝子店の商品の印象から、当初はこのくらい繊細な感じをイメージしていた。
f 決定案に近いもの。やはり眼力が鋭い。顔やからだの動きもとりやすく、ラインもよりシンプルに。
ワイングラスを持たせて表情を出す。
―キャラクター自体はほのぼのとユニークですが、線の細さやシャープさなどは、木村硝子店のグラスを連想させられますね。ロゴがブランドの中に組み込まれても、従来のイメージが貫かれている気がします。
田中 そうかもしれません。デコラティブなグラスをたくさんつくっている会社だったら、こういうロゴにはなっていかない気がしますしね。
木村さんは、考え方、商品、身に着けているもの、ひとつひとつにこだわりがおありですよね。ご自身の美意識をすごく感じますから。
―最初にロゴを見させていただいたときに感じたのは、今にも動き出しそうだけれど、印刷物にもなってくれて、立体にもなってくれそう、無理なく自然に小回りが利きそう(笑)って想像が広がったことです。そういったことは意識されるんでしょうか?
田中 後々、印刷物やウェブなどに展開する予定のあることなども何となく伺っていましたし、多少は意識しているでしょうね。
―どういう部分なのでしょう?形がシンプルであるとかそういった?
田中 うーん、何か、キャッチーかどうかっていうのは大きいかもしれないですね。顔の表情を表現しやすいとか、特徴が出しやすいとか。線がシンプルだと、たとえば動画になるようなことがあったとしても動かしやすい、みたいなことだと思います。
―表情は強いですよね。ご本人の特徴を絶妙につかんでいらっしゃる。まゆがアンバランスだったり。色が違うとまた違って見えそうです。
田中 そうですね。でも、黒が一番木村さんらしいですね。
子供のころから、図工の時間だけ
音速で過ぎて行く感じでした
―昔から絵を書くのはお好きだったのですか?
田中 クラフトや工作、漫画やイラストのようなものは、子供のころから好きでした。
学校でも、図工の時間だけは音速のように過ぎていく感じ(笑)。
でも、絵はヘタでしたよ。美大受験の予備校での話なのですが、静物画をデッサンする授業で、評価が、A、B+、B、B-、C+、C、C-、Dって細かく分かれていて、100人くらいの生徒が毎週描いてもAは幻でまず出ない評価、B+レベルが年に何個か出る感じだったんです。でも僕の場合、一番いいのがCで、あとはC-とDしかとったことなかった。
―すごい記憶力ですね(笑)。そもそも、デッサンのうまいへたというのはどこで見るんでしょうか?
田中 画面の構成力ですね。どこに集中して力を入れて描いて、どこをふわっと抜いて、っていう強弱で、視線がどこにいっているか、というのかな。
―それはみんながまったく同じものを描いて、ということですよね?
田中 そうです。たとえば、同じ果物を描いても、質感を思い切り出そうとするのか、空間を描こうとするのか、どこを中心にしたら面白い絵になるのかを考えていくのだと思うのですが、当時はただ漫然と描いていたというか、何のねらいもなかった。
今はある程度、ディレクションすることも覚えましたし、練習すれば、前よりはいい成績とれるかな、とも思うんですけど(笑)。学生の時には気づけませんでしたね。実践あるのみです、僕の場合。
―ですが今回のように、初対面の社長の特徴をつかんで形にする作業は、今のお話に通じる部分があるのではないでしょうか?
田中 以前、NYに留学していたのですが、そこでの授業のほうが、今に生きているかもしれません。日本では皆、木炭や鉛筆なんかできれいにデッサンしていきます。カルトンにクリップで留めて、鉛筆も2Hから5Bのなかで描いていくし、鉛筆の持ち方ひとつとっても決まりがある。でも、むこうでは自由だったから、クレヨンなんかでこう、好きなように描いても別に怒られないんです。ああ、これでいいんだって、楽になったというか、アメリカの授業のほうが素直に楽しかったですね。でもまあ、基礎があるのは大事なことではあるんでしょうけど。
クライアントの規模に関係なく、
どんな仕事も緊張します
―いろんなお仕事があると思うのですが、クライアントの規模や仕事の大小によって、醍醐味は異なりますか?
田中 大きな企業の場合は相手も大勢なので、いろんな意見が出てくるでしょう?考え方が合う方もいれば合わない方もいて、ワンオヴゼムってなってなんとかなることも多いのですが、木村硝子店さんのケースのように対相手で仕事をさせていただく場合は、好みもはっきりしていますし、合うか合わないかのどちらか、ということもしばしばです。大きな企業とは違った意味での大変さ、面白さや、濃さ、緊張感がありますね。
一方、大きいものは大きいもので、別の楽しさがあります。例えば、現在、キリンビバレッジの清涼飲料水「トロピカーナ」のパッケージデザインも手がけさせていただいているのですが、これはもう、近くのコンビニに行けばすぐに見つけることができて、手に取れる商品なわけです。そういった、「多くのヒトの日常に近いものを扱う」という意味での興奮は大きいですね。
―デザインのアイデアは、日々の暮らしから浮かぶことも多いのですか?
田中 うーん。特に境界はなくて、全部一緒になっていますね。でも、「トロピカーナ」の場合であれば、自分がスーパーやコンビニに行って、実際に商品を買うときの感覚みたいなものはすごく大切にします。デザイン的にはもう少しとんがったほうが、と思いつつ、買うときってあまりそういうことを求めていないというか。仕事場でデザインしているときの感覚と、家で生活して買い物しているときの感覚の幅の、どのあたりで着地すれば良いのかを一番考えます。
―行き過ぎるとベタになったり、デザイン的要素が薄れていったり、そういった部分とのせめぎあいがあると思うのですが。
田中 そうですね。クライアントの意向によっても異なりますが、自分自身の中でもそこはすごくあります。デザインに特化しすぎて、素晴らしいデザインだけど売れないというのは意味がないと思うし、売れれば何でもいいということでもないですし。必需品か嗜好品かということでも大きな違いがあります。嗜好品の場合は、「格好良ければそれで良い!」というケースもありますから。
―そこは、最初の時点できちんと認識して進むものですか?
田中 はい。クライアントとのコミュニケーションを通じて、最も掘り下げる部分ですね。
―デザインのプロセスって、もっと漠然とした線引きのなかで成り立つ部分も多いかと思っていたのですが、すごく論理的というか、綿密に構図があることが興味深いです。
ひらめきの時間帯は、
夜寝る前と朝起きる直前
―お話を伺っていると、本当に集中力を使うお仕事ですね。
田中 使いますね。本当に使います。こういったロゴの仕事なども漫然とはできなくて、
タイミングなんです。やろうかなって思えるまで結構かかったり。集中する時間をどこにもっていくのかというのも重要で、打ち合わせをしながらひらめくときもあるし、一週間寝かせるときもあります。大抵は、寝る前と起きる直前に考えていることが多いのですが。
―寝ながら考えているということですか?夢ではなく?
田中 夢ではなく(笑)。脳にはあまり良くないんでしょうけど、考えながら寝ていますね。事務所でこう、ラフを並べて仕事して、帰って寝て、大体次の日の朝に、「あ、あれをこうしよう」って思うんです。で、直前にバババッて変えたりする。自分の中では、もう一人の自分がいるような気がしているんですけど。
でも、考える過程は大変ですが、デザインってやっぱり楽しいんですよね。
「これを手にしたヒト、目にしたヒトがどんな気持ちになるかな?」そう考えると、いいものつくらなきゃと思う。それが一番の原動力かもしれません。
●インタビューを終えて…
今回の取材は、木村硝子店の三枝静代さん、大町彩さんの立会いのもとに行われました。
田中さんの事務所は、すっきりとした箱のような、良い意味で頭を空っぽにできそうな空間。「この箱からいろんなアイデアが世に生まれゆく感じ」のする場所でした。インタビューで使用させていただいたテーブルは、卓球台を白くペイントしたものだそうで、私たちと田中さんとの間には、ほどよい距離が……。そのせいもあってか、ほどよい緊張感のある時間を過ごせた気がします。
田中さんは、デザインについて応えて下さる際、ことばに置き換えて表現するのがとても上手な方な方で、仕事に対する熱いものもじわじわと伝わってきました。
最後に、「週末に、家でビール飲みながら『アド街ック天国』見てるときが一番幸せ」と話されていたのが良かったです。本当にお忙しそうなので、少しホッとしました。
(聞き手・構成・文/吉田佳代)
【脚注】
*1
2013年にオープンした木村硝子店の通販サイト。木村硝子店社長、木村武史氏の学生時代のあだ名が「ジジイ」だったことから「zizi(ジジ)ストア」と名づけられた。
*2
株式会社ドラフト。広告、SPなどの企画デザインを中心に、商品開発、業態開発などの企画・プロデュースを手がけるデザイン事務所。代表は、宮田識(みやた・さとる)。
http://draft.jp/
【プロフィール】
田中竜介(たなか・りゅうすけ)
NAUTIRUS→GOアートディレクター/クリエイティブディレクター。
1969年兵庫県生まれ。武蔵野美術短期大学空間演出デザイン科卒。School of Visual Arts(N.Y.)在籍。1997年ドラフト入社、2011年に独立し、ノーチラス号株式会社を設立。事務所名は、ジュール・ヴェルヌの小説「海底二万マイル」に登場する潜水艦から命名。「わくわくするようなデザインの探検で、世の中とコミュニケートする」という思いがこめられている。ほかに、植村直巳の冒険記なども愛読している。手がける領域は幅広く、企業や商品のブランディング、広告、コンテンツの立案まで。
APA賞(2003)、JAGDA新人賞(2004)、ADC賞(2004、2007、2009)など受賞も多数。ADC会員、JAGDA会員。
http://www.nautilus-go.jp/
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そのほかの『ふむふむ、木村硝子店のなかまたち。』記事はこちらから。
ライターの吉田佳代さんによる、木村硝子店とその周りの人々のおはなしの連載。
吉田 佳代(よしだ かよ)
フリー編集者、ライター。
東京生まれ、立教大学卒業。
出版社にて女性誌の編集を経て、2005年に独立。食からつながる暮らし回りを丁寧に取材し、表現してゆくのが身上。料理本編集や取材のほか、生産者や職人にかんするインタビュー、ディレクションなども多い。媒体は主に、雑誌、単行本、広報誌、広告など。