ふむふむ、木村硝子店のなかまたち。#07
第7回
インゲヤード・ローマン(デザイナー)
知り合う前から、互いの作品に触発されていたという木村硝子店とインゲヤード・ローマンさん。15年以上に渡る不思議な縁から生まれた今回のコレクション。誕生までのストーリーを伺いました。
私と木村さんは、
いちいちフィーリングが合うの
―きょうは見本市の会場で急遽決まったインタビューですし、手短にと思いますが、伺ってみたいことはいろいろあります(笑)。ディスプレイが素敵ですね。
インゲヤード ありがとう。木村武史社長とは本当にフィーリングが合うのよね。昨日も、今回のコレクションブースのディスプレイを前に、わたしが「あ、ちょっと位置がずれているかしら?」そう思った時にはもう社長がそこを直していて、驚いたわ。そういうところも、何かいちいち同じなのよ(笑)。言葉では表せない部分が通じ合っている。それが私達の信頼関係のベースになっているのだと思うわ。
今回発表されたインゲヤード・ローマンの新シリーズ。
—おつきあいはもう長いのですか?
インゲヤード そうね。出会いは、もういつになるのかしら。私は今まで、さまざまなカラフェをデザインしてきたのだけど、そのなかの1つを気に入ってくださったのが最初だったかしら。偶然、わたしも当時、木村硝子店のデザインで気に入ったアイテムがいくつもあったのよ。15年くらい前になるかしらね。以後、細々としたよいおつきあいが続いて、いつか何かしよう、そうおっしゃってくださるようになって。
最初に工場に行くって、
素晴らしいと感じました
—プロジェクト自体はどのような形で始まったのですか?
インゲヤード 話があったのは2015年ね。来年の予定はどうかな?と木村社長に聞かれて。私は当時、別のプロジェクトに取り組んでいたのだけど、翌年の秋になれば時間が空くし、契約も満了して自由に活動できる状況だったから、そうお返事したわ。それで、見せたい工場があるから一緒にいかないか、という話になり、翌年一緒に、ハンガリーまで見に行ったの。そこには、思い描いているようなガラスを表現してくれる高い技術が揃っていましたね。
物事が始まるときにはいろいろなケースがあって、互いを知らずにいきなりプロジェクトを始めるケースもあるのですが、すると、共通認識がうまくできていないことがあったり、仕事を進める上で難しいことも多い。でも、もう長く知っていて、何度も何度もお会いしながら、互いの感覚を理解するのに結果として時間をかけたような部分があるので、目的に向かいやすい。そんな関係からスタートしました。
—素敵なお話ですね。
インゲヤード わたしも彼も、長年ガラスに携わっているから、工場に一歩足を踏み入れただけで、そこが何をできる場所なのか察してしまうのよ。そうして、「君の好きなものをデザインして」と言ったの。嬉しかったわ。
—さまざまな工場とお付き合いがあると、見えてくるものも違うでしょうね。
インゲヤード わたしは45年間、スウェーデンの工房で働いてきましたが、木村社長も同じようなものでしょう。マテリアルの知識、その工場の職人が何をできて、何をできないとか、そこにある素材をみれば、すぐにわかる。染み付いているんです。可能性をすぐに理解できる。製作可能な形の具合をみたり、薄さがどこまでできるのか、彼らが知識をどれくらいもっているのか、そういったことも含めてすべて現場で確認したり考えたり、話したり。それはとても大切なことで、そういったことをすべて丁寧に段階を追って進めてくれました。
作りたいものを作るべきという信念
—ラインナップに関しては決まっていたのですか?
インゲヤード 今回は、特に何も決まっていなかったの。木村社長に「ノーコンセプトで好きにやっていいよ」と言われたことが、デザインするときの贅沢な悩みだったわ(笑)。彼は常に、「自分の作りたいものを作るべき」と言う信念の方だと伺っていたのですが、アーティストの才能が自由に開くことを心から楽しむタイプなのね。「ものづくりとはそうあるべき、それでこそよいものができる」という思いが根本にあるのでしょう。ビジネスはいろんな制限がありますけど、できることなら自由にモノづくりをしていきたい。だから嬉しかったわ。
—まさに、フィーリングですね。
インゲヤード そうね笑。やりかたは一種独特でもあるのだけど、そこがわたしにしっくりくるのよ。みんなは全然普通にやらないことなのだけれど、いきなり工場にいって、そこで何ができるかを確認しようとする。一緒に行こうと話しているのは会社の社長本人で、旅行しながら工場を見に行くわけだから、ただ見にいくだけでなく、ともに過ごすうちにどういう相手なのかも見えてくるでしょう。そういったアプローチで進めてくれるのは本当にありがたいわ。その上でいっしょに何をするか考える時間が、旅といっしょになっている。
—今回は4シリーズですね。
インゲヤード 「ワイングラス」、「カラフェ」、「ロータスのセット」、「ジャグのセット」とても丁寧に、時間をかけて図面を書きました。木村社長を介して工場に製図を送ったあとは一度だけ修正の機会はありましたが、やはり、工場で、可能性を見極めるのに時間をかけているので、直しは本当に1度だけでした。
—通常がどういうものなのか、見当がつきませんが。でも素晴らしいですね。
インゲヤード 個々の話をすると、直したのはジャグボウルの口だけなのよ。形から何から完璧だったのだけれど、口の部分だけが、わたしの目指していたフォルムと違っていたので、わざわざハンガリーの工場まで赴いて、どのような素材をどう加工すればよいかを職人さんと話しましたね。
自分が使いたいものが、
他の人にとってもそうであったら嬉しい
—デザインは今回のために新しく考えたものですか?それとも長年温められていたものなのでしょうか?
インゲヤード そのあたりは一言で説明するのは難しいわね。わたしは、デザインの源泉というものは、日常に起こることの中に潜んでいると捉えています。基本的には日々の暮らしにつながっていて、まず、自分が使いたいもの、自分にとって使い勝手の良いものを考えます。それが他のひとにとっても使いやすければ、こんなに嬉しいことはないわね(笑)。でも、結果として長年温めていた部分、会社の雰囲気に合わせて考えを這わせてゆく部分もありますし、長年考えていた部分と新しく出てくる部分を凝縮して、合わせてゆくこともあります。社長がどのようなものが好きなのか、求められているのはどのようなものなのか、そういった部分を察知して雰囲気を考えてゆく部分もあります。自由に、好きなように、と言われても、やはり、その方とわたしとで作るからこそ生まれる形というものはあるように思います。
—最初の出会いもカラフェからですよね?
インゲヤード そうね。カラフェについては、わたしは今までにたくさんのデザインをしてきていて。でも、木村さんが好きだと言ってくださった1968年にデザインしたカラフェは、私のファーストワンでもあったんですよ。
1968年にデザインされたカラフェ
水は素敵なギフトだと思う
—注がれた水、流れ、雫。水はどのような存在ですか?
インゲヤード 「飲める水」というものは、それだけでもう「ギフト!」だとわたしは思っていて、その、素敵なギフトを頂くために、カラフェを大切にしていきたいと思っているの。今回はしずくの形を意識しています。毎日毎日みんなにいろんな場所で使ってもらえたら嬉しいですね。以前デザインしたものは、口が狭すぎて、中まで手を入れて洗うのが大変だったのです。デザインありきになってしまうのは、本当はあまり良いとは思っていなくて。使いやすさ、毎日使ったときのことを意識して、今回はわざと口を太めにしました。
—注ぐと量が変化して行きますね。そのままのたたずまい、使ったときのたたずまい、違いは意識されますか?
インゲヤード そうですね。私はデザインに、「使って初めてそのものが完成する、自分のデザインに価値が生まれる」ような感覚をもっています。「カラフェ」も、液体の量が減ってきても、底の方に残っているお水が良い佇まいで素敵な感じに見えるように感じて欲しいです。最後の一滴まで美しく見えるのは大切なことよ。
−ディスプレイで、「ジャグのセット」の鉢に竹の箸が置かれていて、これは菓子器にもなると感じたのです。器としての自由度はいかがでしょうか?
インゲヤード いわゆる取り口というものは、もちろん注ぎ口でもあるのですが、形としてのデコレーションがああいう形で口をつけているので、それをどう活用するか、使い道をいろいろ考えてもらえたら嬉しいわ。菓子器としての考えも、実は最初に少し思っていたことでした。箸を置いてみたり、使いながら考えてゆくということが、和の精神にも通じるし、木村硝子店でこそやる意味があると思っています。
—いちいち納得してしまいます。でもインゲヤードさんは自然ですね(笑)。
インゲヤード 毎日美しくエレガントに暮らして行きたいけれど、使いやすいものが一番良いですよね。同じバランスで、素敵なところと使いやすさ、便利さというものは共存させていきたい、そんな風に考えています。
●インタビューを終えて…
今回は、予定のなかった見本市の会場にて、急遽決まったインタビュー。15分程度でしたが、木村祐太郎さん通訳のもと、充実したお話が伺えました。「水もギフトよ!」という言葉には、発せられた瞬間ハッとなって感激してしまいました。これからも、私のこころに残る一言となるでしょう。使う人に余地を残すデザインを心がける彼女は、使う人によって異なるストーリーを楽しむ余裕のある、素敵な方でした。貴重な機会に感謝いたします。
(聞き手・構成・文/吉田佳代)
【プロフィール】
Ingegerd Råman(インゲヤード・ローマン)
スウェーデンを代表する硝子・陶器デザイナー。1970年代から活躍し、Skruf(スクルフ)、Orefors(オレフォス)といったスウェーデンを代表するブランドにデザインを提供するほか、ストックホルム国立美術館、コーニングガラス美術館などでも展示を行い、国際的なアワードも多数受賞。使われて初めてデザインに価値が生まれるというものづくりの姿勢は、世界の人々の共感を呼び、シンプルな中にも圧倒的な存在感を放つデザインで活躍を続ける。2016年にはIKEAとのコラボレーションコレクションを発売。スウェーデン政府よりプロフェッサーの称号を授与される。
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そのほかの『ふむふむ、木村硝子店のなかまたち。』記事はこちらから。
ライターの吉田佳代さんによる、木村硝子店とその周りの人々のおはなしの連載。
吉田 佳代(よしだ かよ)
フリー編集者、ライター。
東京生まれ、立教大学卒業。
出版社にて女性誌の編集を経て、2005年に独立。食からつながる暮らし回りを丁寧に取材し、表現してゆくのが身上。料理本編集や取材のほか、生産者や職人にかんするインタビュー、ディレクションなども多い。媒体は主に、雑誌、単行本、広報誌、広告など。