ふむふむ、木村硝子店のなかまたち。#09《後編》
第9回 後編
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「zoomer+(ズーマプラス)」ができるまで
辻和美(factory zoomer)× 木村武史(木村硝子店社長)
工場生産の硝子製品を手がける木村硝子店と、1個1個手作業で仕上げる、宙吹きの硝子作家、辻和美さんによる新シリーズ「zoomer+(ズーマプラス)」。作品になるまでのお話と、日本ならではの硝子文化を残したいと願う、辻さんの思いを伺います。
宙吹きと
工場生産の中間はある?
―「zoomer+(ズーマプラス)」は型による生産ですが、以前にも、木村硝子店さんとの制作のお話はあったのでしょうか?
辻 お話をいただいたことはありましたが、私の制作スタイルである宙吹きを、工場ベースに落とし込む作業は難しくて。例えば、「てんてん」という定番があるのですが、ガラスの表面をサンドペーパーで削って少し古い感じにマットにしてから、エナメル顔料で点を描くんです。これを工場で行うとなると、サンドペーパーにあたる部分は誰がどうやって作業すればいいのでしょう。そして、てんてんはどう描くのか?
すりガラス風のプリントシールを貼るしか方法がなく、難しかったですね。
木村 できなかったですね。サンプルを作ってみても、辻さんの作品として販売する気にはなれなかったです。
辻さんの定番「てんてん」の作品。
辻 工業製品と、手で作るものの間を探すということは本当に難しくて。
木村 私は結局のところ、間(あいだ)は、ないのではないかと思っています。
―出来上がるまでを伺えますか?
木村 もともとは、銀座松屋の山田節子さんに、150周年記念に何か制作をということでお話を頂きまして。それで、辻さんにデザインしていただくことになりました。
辻 周年記念ということは数も必要ですが、私の工房では、グラスでも1日30個吹くのがやっとです。それで、木村さんにご相談することになりました。木村硝子店さんのショールームで描いたデザインに沿って、工房で宙吹きのサンプルを作りました。それを再現するのが、宙吹き工場なのか型の工場なのかというところがスタートでした。工房で生産できる数はわずかですが、職人さんにお願いすることで、生産量が増えるわけです。
木村 型にして正解でしたね。宙吹きでは難しかった。
辻 本当にうまくいきました。製造をお願いする工房選びのセンスも、素晴らしいと感じました。
―「zoomer+(ズーマプラス)」のプラスはどこから来ているのでしょう。
辻 「factory zoomer (ファクトリーズーマ)」が私の工房名なのですが、factoryをとって、プラスアルファの+を加え、「zoomer+(ズーマプラス)」としました。
―型での生産を決められた時には、宙吹きへのこだわりはあったのですか?
辻 むしろ、宙吹きは私の制作方法ですので、違うということがはっきりして、面白いのではないかと思っていました。私の場合、どの作品にも通じることなのですが、技術に関してはこだわりがなく、自分が作りたい最終形に近づければ、どのようなプロセスを経ても良いと思っています。そこの作業を今回は木村さんに全て委ね、試作が戻ってくると微調整を繰り返す。そういったキャッチボールでした。
―木村硝子店の木勝シリーズのデザインも行ってこられた、三枝静代さんが担当されたそうですね。
木村 辻さんの長年のガラス感覚を知っているので、お互い、言語なき言語のような感覚で確認しながら進めていったところはあったのではないでしょうか。
辻 そうですね。あまり薄くしないで、とか、ガチャガチャ洗える感じにして、とか。自由にお伝えしました私(笑)。
木村 最初は宙吹きの工場で試しましたね。
硬いような、
柔らかいような硝子作品
―つまり、辻さんの線を再現することを模索されたのですね。
辻 はい。とはいえ、宙吹きは1つとして同じ形にはならない手法ですので、サンプルと全く同じにというわけにはいきません。そこで、私のラインの通りに型を作っていただき、そこに硝子を流し込んで回しながら吹く、工場生産を試みることになりました。そうすることで、ある程度の数を作れるよう、落とし込んでいきました。
まさに、手作りと、手作りではあるけれど量産であることの間を見つけてくださった感じでした。機械で作ったように温もりがないわけではないですし、温かみもあります。けれども、手作り感が強い感じでもなく、ちょうど本当に、うまいところに落とし込んでくださったと。
―硬いような柔らかいような、ということですか。
辻 そうです。硬いような柔らかいような。まさに。そういう感じのものになったと思っています。
―「型で作る」とは、具体的にどのような流れでしょうか。
辻 私のサンプルに沿った金型に、ガラスの塊を入れ、棒を回して硝子を型のラインに沿わせ、形状を定めます。この時に厚みなども重要になりますし、型とは言っても、本当に1個1個が職人さんの手仕事です。
その後の仕上げで、口の部分の切子のカットをどう入れるか決めます。三枝さんから現物が送られてきて、そこにマジックでひらひらの模様を描いてお戻ししたり、ギザギザの角度や大きさを決めるなど、細かいやりとりがありましたね。
―印象はいかがでしたか。
木村 作品の表現がうまくいったという実感がありましたね。
辻 木村硝子店さんが、私のような作家をプロデュースするとはこういうことなのだと、驚きと喜びを持って感じ入りました。中でも、工場とのやりとりが素晴らしかったです。
硝子はヨーロッパの文化ですが、日本発のいいガラスを残したいという、私の気持ちに重なるような経験でした。
日本人の暮らしに馴染む
硝子を作りたい
辻 硝子文化は、ヨーロッパからの輸入です。でも、日本の食卓に合うものはきっと別にあるはずで、そういうものを私たちの皮膚感覚で制作していけたらという思いを強く持っています。わが国のものとして消化して、作品や製品にして昇華させていく模索をしているのが、私であったり、木村さんであったりすると捉えていますね。
形としてはヨーロッパのものと同じように見えたとしても、どこか日本人らしさが感じられる部分を組み込めたら。日本は箸を使う文化ですし、気取らない日常の食卓に、ヨーロッパのように、背の高いグラスを置いてご飯を食べるのはどこか違う気がします。
―確かに、和食器との馴染みは難しいと感じますね。
辻 器を手で持ち上げて食事をする文化は、アジアのなかでも珍しいものですし、食文化が違うことで、そこにある硝子にも異なる寄り添い方があると思っています。
加えて、今の日本人は、様々な諸外国の暮らしについて知りつつあります。ですから、「現在の日本人の生活」の中にあるなら、どのような硝子が馴染むのかを大切に考えます。自分自身が生活者として生きていれば、手から生まれてくると信じていて、キーワードだと思っています。
―「zoomer+(ズーマプラス)」は、そのような側面を持つシリーズと言えそうですね。
木村 私もそう思います。
ステムのある
日本の食卓って?
辻 提案したいと思ったのは、すらりとしたステムばかりではない、ちょっと立ちものがある日本の食卓でした。「 zoomer+(ズーマプラス)」は、ワインやシャンパンにももちろん使えますが、お酒でなくとも「生活の中にステムがある。そういう暮らしはどう?」というものです。
盛り付けの楽しみ方を、木村硝子店の大町彩さんが何十種類も考えてくださって。
あんみつ、カクテル、フルーツ、ヨーグルト…。バリエーションが素晴らしくて、このグラスの使い方を彼女が教えてくれた感があります。私は、アルコールじゃなくていいですよ、くらいしか言っていなかったのですが、ここまで広がるとは嬉しい限りでしたね。
辻さんのテーマは、日本の食卓に沿う、ステムのある暮らし。
辻 2000年頃から、生活を見つめ直すような作品が増えてきたように感じています。お客さんがミレニアル世代に移ったり、生活を大切にしようとする層も増え、少し変わってきたんですよね。
木村 自分で納得のいくものを作って、それが思いのほか、商品として足が早く売れていくのは感じますね。
―本来業務用であった商品を、一般の人が使うのも珍しくなくなりました。
木村 飲食店関係で、器に興味がある人たちが反応してくれているのは感じますね。明らかに、こちらなりの感覚をぶつけると、答えが返ってくるというのでしょうか。
辻 買ってくれる方の暮らしの感度が上がってきたように思います。
木村 洋服は器より身近でしょう。例えば、「コム・デ・ギャルソン」のような表現に反応する人がいるということは、そういう美意識を持った人がたくさんいるという意味でもありますし、硝子に関しても、食や住に目覚めてくれば。
辻 だんだんと移動してきた感があります。陶芸や木工は早くて、硝子も後からついてきた感があります。
木村 そうですね。陶芸が先ですね。
辻 使う人もセンスが上がっているので、作る際は試行錯誤です。私は量産ではないので、持っていたいと思えるようなものを、「生活」というキーワードで作っていくのみだと思います。
木村 そうですね。使う使わないはさておき、そういう感覚に着地するしかないと思ったり。さらに、持っていたいと思うものを作るのは、大変な壁ですね。
辻さんの作品は、私にとっての「いい」が詰まっているのですが、それが、他の人にとってもそうなのだと思います。だから、多くの人が持っていたいと感じるのではないかと。
辻 恐れ多いです(笑)。
ラフスケッチだけで
ニュアンスが伝わる意味
木村 少し話はそれますが、ヨーロッパの工場は、ラフスケッチだけで思った通りのものができあがってくるんです。
辻 ニュアンスが伝わるということですね。
木村 特にベニスの職人には驚きました。マエストロと言われるからにはさすがだと。ラフをちょっと渡しただけで、こちらの思いを汲み取ってくれますからね。
辻 何か、想像力が違うんでしょうね。コンパスで作っていない。バランスが、捕まえる力とかね。
―どのような情報を伝えるのでしょう?
木村 スケッチを見せるだけ。話す必要なんてないんです。話せないですし(笑)。それから、作りながら確認するかのように私の目を見る。目をパッとみられたら、こちらは「OK」ってサインを出すだけ。日本では考えられないようなコミュニケーションです。
辻 すごいですね!
―技術の先にあるモノはなんでしょうか。
木村 結局、硝子文化というものが、もともとある文化であるということなのだと思います。ですから、硝子でここまで活動されてこられた辻さんは、それ以前にアートというものが体の中におありになるから、硝子で表現できるのだと思います。
辻 いえいえ、そんな立派なモノではないです。
木村 そういう感覚を持っていらっしゃると、硝子でなくても表現ができるということだと思います。
辻 「コム・デ・ギャルソン」の影響が、直接的にどこまであるかわからないですが、20歳くらいの柔らかい時期に刺さったモノは簡単には抜けないと思います。
木村 体に何か影響が「入る」感覚がおありになるということは、それ以前に何かお持ちなんでしょう。あるから刺さるんですよ。刺さったから変わったのではなくて、あるから刺さったんでしょう。刺さったから、ご自分が持っているものが出てきたんですよ。
辻 今なお、川久保さんだけがずっと頭や体に残っていて、今も自分の中で定点観測をしている感覚です。
木村 それはいいですね。
辻 生きてるわー、攻めてるわー、なにこの服!という感じです。ですから、東京に来て、少し時間があれば、必ず青山店によりますね。日本の女性デザイナーであることもいいんです。
木村 川久保さんは、ご自身の感覚に正直にお作りになっているということですよね。それで成り立っているということがやはりすごい。
変化していっても、
中身はひとつ
辻 変わっていけることは素晴らしいことです。定番のように、繰り返し作り続けていくモノと、展覧会ごとに考える新しいライン。2つの考え方で制作していますが、新しいものを考えると、それが面白くて楽しくて、そうなると定番に戻る気がなくなってきたり。定番なのに定番を作るのが嫌になるという(笑)。でも、新しいものは、そう簡単には出てくるものではないです。
木村 中身は1つだと思いますね。どんな表現をしたとしても、その人の美意識は大きくずれるはずがないですし、そういろんな種類の美意識があるということはないと思います。
辻 1つ1つは違いますが、大きなところで捉えると、全て同じ人の作品。私も、どんなものを作っても私だと言われるようになりたいです。
木村 いや、すでに辻さんはそうなっていらっしゃる。
もっとはちゃめちゃにやっても大丈夫。
辻 笑。ありがとうございます。
●取材を終えて
コロナ禍のとある昼下がり。日帰りで辻和美さんが東京を訪れ、木村社長との硝子談義が行われた。話の内容がとにかく興味深く、濃密でテンポがよく、どのエピソードも落とし難く……。毎回のことながら、悩みつつ構成を進めさせていただいた。辻さんが食器制作にシフトされたのが2000年頃からとは存じ上げなかったが、当時の作品群(黒の被せガラスのシリーズ)を、現在も毎日のように使って暮らしている。果物から煮物、パスタ、炒め物、おつまみまで、不思議と受け止めの幅が広く、食卓も楽しく感じられて手放せない。今回、新作のズーマプラスがそこに加わった。ステム付きのグラスではあるけれど、お味噌汁とご飯の食卓で、子供が牛乳を入れて飲んでいても違和感なく馴染むのは、なぜだろう。
洋食器でも和食器でもない、辻さんならではの「いつでも食器」。そう、ひっそり名付けさせていただいた。
聞き手・構成・文 吉田佳代
【プロフィール】
factory zoomer
ガラス作家である辻和美がデザイン・制作する吹きガラスの食器を中心としたファクトリーブランド。1999 年に金沢市内に制作のためのアトリエ /studio を設立。 ガラス食器の新しいスタンダードを目指し、生活者により近いグラスを制作している。 朝の水飲みコップ、ヨーグルトを入れるカップ、お酒のため、お料理のためと、人の暮らしを底辺から応援するグラスを作り続けている。2005 年には金沢犀川縁に /shop をオープン、2016年には、同じく金沢広坂に /gallery をオープンし、ガラスだけではなく辻和美が生活者の目線で選んだモノ、暮らしのハレやケのいろいろな場面で活躍する丁寧に作られたモノを紹介している。
辻 和美(tsuji kazumi)
ガラス作家・美術家 1964年生まれ、石川県金沢市在住。 金沢美術工芸大学商業デザイン科を卒業後渡米、カリフォルニア美術工芸大学でガラスを学ぶ。金沢卯辰山工芸工房・ガラス工房専門員を経て、1996年にガラスデザイン・制作のユニット「factory zoomer」をスタート。同時に現代美術の活動を始める。 1999年、金沢に工房を設立。 以後、国内外で展覧会多数。
HP https://factory-zoomer.com
Instagram @factory_zoomer @factoryzoomer_staff
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そのほかの『ふむふむ、木村硝子店のなかまたち。』記事はこちらから。
ライターの吉田佳代さんによる、木村硝子店とその周りの人々のおはなしの連載。
吉田 佳代(よしだ かよ)
フリー編集者、ライター。
東京生まれ、立教大学卒業。
出版社にて女性誌の編集を経て、2005年に独立。食からつながる暮らし回りを丁寧に取材し、表現してゆくのが身上。料理本編集や取材のほか、生産者や職人にかんするインタビュー、ディレクションなども多い。媒体は主に、雑誌、単行本、広報誌、広告など。